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アクセス

  • カトリック唐崎教会
    京阪電車「南滋賀」駅下車徒歩10分
    〒520-0004 滋賀県大津市見世1-1-35 ☎ 077-526-0461
    ミサ:日曜日 10:30
       木曜日 7:00(不定期)
    主任司祭:ロペス神父(Fr. José Ausencio López:グアダルペ宣教会)

聖書研究会

  • 開催日時:第二・第四土曜日
    10:00〜11:00
    場所:当教会
    指導:Sr. 近藤公子(ノートルダム教育修道女会)
    どなたでも参加できます。 予定が変わる場合がありますので、事前にご確認ください。

書籍紹介

2012年5月12日 (土)

世界広報の日

今年もこのメッセージの季節になりました。

Sc_poster2012カトリック中央協議会HPから

昨年のメッセージでも触れられていたように思うのですが、今年もネットワークの重要性について述べられています。

「・・・あらゆる種類のウェブサイト、アプリケーション、ソーシャル・ネットワークに注意を払うべきです。それらは、現代人が考え、真の問いを発する時間を得るのに役立つだけでなく、沈黙するための余地や、祈り、黙想、神のことばの分かち合いのための機会を生み出すのを助けるからです・・・」(抜粋)

因みに、京都司教区の教会は、巡回教会を除くと50ほどの小教区があるようです。同司教区のHPを見ると、そのうちHPを公開している小教区は半数以下でした。中には司教区のHPにリンクをしていない小教区もあるそうですが、それを差し引いても大きくは変わらないと思います。

唐崎教会のHPも、公開はしているものの、毒にも薬にもならない内容で、このメッセージに応える状態とはいえません。公開する時も、メンテナンスが面倒だと反対する声もありました。とはいえ、今は公開していて当たり前の時代。ネットワークに注意を払うべきだといっている側に、HPがないのも格好がつきません。

広報ツールとしてはもちろんのこと、閉鎖的な集団と思われないためにも、頑張って充実させていきたいですね。

2012年5月 9日 (水)

熊本の教会

まだ5月だというのに、九州はもう真夏の空。
九州新幹線が開通して、熊本も随分近くになりました。
熊本駅もすっかりモダンに。

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それ以上に、我らがひこにゃんを上回る人気といわれる「くまもん」グッズが、街のあちこちに溢れています。
癒されますね。
カトリック教会も何か創りますか(笑)

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手取(てとり)教会。「日本の聖母」。
熊本城の近くにあります。
1800年代の終わりに、パリ外国宣教会により創立されたと教会資料に書かれてありました。

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教会の前の通りを低床式の路面電車が走り、ここだけ見ると、欧州のカトリック国にきたような錯覚に陥ります。

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お昼時だったせいか、何人かの方が聖堂に出入りされていました。
私の後から入ってきた男性が、いきなり椅子につっぷし、そのまま爆睡。
絶好の休憩場所なのかもしれません。
全てを委ねるようなその姿に、こっちまで和みました(笑)

この資料を見ると、ここでは信徒さんが担当される部分が多いようですね(在俗会の方々のようです)。
こういうのを、信徒宣教というのでしょうか(間違ってたらゴメンナサイ)。
京都の教会では余り見ないような気がします。

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さて、最後にこれは「桂花ラーメン」。
熊本名物のラーメンで、東京にも進出しています。
機会があれば、ご賞味を。

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2012年4月29日 (日)

講座『テレジアは現代に何を語るか』のご案内

アビラの聖テレジアの生誕500年祭に向けて、彼女の著作を読む講座です。
入場無料です。

1071pxteresa_of_avila_dsc01644(ルーベンスによる)

場所:カトリック河原町教会・教区事務局6Fホール
日時:下記の各月日の14:30〜16:00

5月12日(土) 新井延和 神父
『自叙伝』による「テレジアの涙」

6月16日(土) 松田浩一 神父
『創立史』にみる信仰の歩み

9月22日(土) 九里彰 神父
『完徳の道』に見る「祈りと生活」

10月20日(土) 中川博道 神父
「神の住まいであるわたしたち」『霊魂の城』を聴きながら

11月17日(土) 渡辺幹夫 神父
「三位一体の神との交わりの崇高な神秘阿体験、地上に苦しむキリストの神秘体との連携」『小品集』による

お問い合わせは、下記までお願いします。
〒611-0002 宇治市木幡御蔵山39-12
男子跣足カルメル修道会 宇治修道院
TEL 0774-32-7456 FAX 0774-32-7457

2012年4月28日 (土)

2012年5月の典礼歴と行事予定

5月のカレンダーです。
予定が変更になる場合がありますので、事前に当教会にご確認されることをお勧めします。
教会行事ではありませんが、5月21日(月)は、天気がよければ、近畿で金環日食を見ることができます。

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正司のカンボジア便りⅣ

カンボジアの篠田正司さんから新しい記事が届きましたので、お知らせします(原文のまま)。新しい住居に移り住み、元気でお暮らしの様子です。本格的な宣教活動はまだ始めていないそうですが、今後のレポートに期待したいと思います。

523165_277443219008929_100002297607(正司氏のfacebookより)

*****

<ピエロのようへいくん>
水上村にはいろんなお客さんなどが来てくれますが、今月は特に多くのお客さんが来てくれました。大阪教区のスタディーツアーでは関西のノリで元気に子ども達と戯れてくれました。私としても久しぶりの関西弁がとても嬉しかったです。聖心女子大のスタディーツアーでは持って来てくれた浴衣をみんなで着て楽しい夜をすごしました。水上村の女の子がとてもかわいかったのは想像できたのですが、おばちゃん達にも「着てみたい?」と聞くと「うん」と照れくさそうに返事をし、着さしてもらっているときも、いつもはがに股で迫力満点のおばちゃんがじっとしていて少女のようだったのは意外な感じがしました。どこの国でも女の人は女の子なのですね。スペインから二人の医師が来てくれて教会で一日診療をしてくれました。とても若くきれいなお医者さんに、朝から夕方まで沢山の人を診てもらいました。そして水上村では初であろうピエロが来てくれました。彼はピエロのようへいくんといいます。いろんな国でパフォーマンスをし、日本でも幼稚園や長期入院の子ども達にパフォーマンスをしているようです。カンボジアには日本にあるようなパフォーマンスする人はいません。ちょっとしたサーカスがありますが水上村の人達は見たことがなく、最初は説明するのに苦労しましたがテレビで見たことがある先生に説明してもらい、やっと理解してもらえたと思ったとたんにみんな楽しみにしていました。当日は私もみんなもワクワクドキドキしていました。子ども達は何が行われるのかよくわかっていないようでしたが、大人が楽しみにしていました。子ども達はいつもの調子で大騒ぎになると大変だと思っていましたが、先生が子ども達を並ばして静かに見るように注意してくれました。浄水器のおばちゃんも始まると直ぐに子どもが遊園地にでも行くかのような笑顔でやってきました。パフォーマンスもとても楽しいものでした。子どもも大人も無邪気に見入っていました。途中何人かの人が楽しげな雰囲気に誘われて近所からやって来ました。なかには始めて見るので、何が起こったか理解できなかったこともありましたが、40分ほどの間に沢山の笑いと驚きがありました。大人の男の人が頬を赤く化粧しているだけでも大笑いです。普段は厳しい先生もおかしなポーズしたりおかしなメガネを掛け恥ずかしそうにしていましたが、みんな大笑いです。私も楽しく見さしてもらいましたが、こんなにきちんと座って笑っている子ども達を見るといつもは一緒に走り回ったりよじ登ってきたり汗だくにならないと遊べない私にとってはすごいなと思いました。そして何よりも大人も子どももみんなが一つの事で笑い合えた笑顔が嬉しかったです。

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<お葬式>
水上村にいると赤ちゃんからお年寄りまで沢山の人を目にします。彼らの多くは水上村で生まれて水上村で死んでいきます。水上村で活動をしていると普段は「生きる」ことについてよく考えますが、今月は生きる事の延長線上にある「死」について考えさせられることがありました。それはお葬式です。亡くなった人は14歳の女の子で死因は大量に薬を飲んでの自殺です。水上村に来てくれた人の感想は「ゆっくりとした時間が流れていて、子ども達が元気でとても楽しいところだ」というのが多く、私も水上村に通い続け夕暮れ時のごはんを作ったり一日の仕事が終わってハンモックでのんびりしていたり、子ども達が水遊びをしていたりしている風景は水上村にいて大好きな時間帯で大変なこともあるだろうけど平和な時間だなといつも思っています。その水上村で自殺をした人がいて、しかもそれが14歳の女の子だという事はとても辛かったです。詳しいことはわかりませんでしたが、お父さんはすでに亡くなっておりお母さんはシェムリアップの近くに働きに行っているので彼女はおばあさんと5人の兄弟と住んでいました。家は船に屋根と壁をつけたのもで、立って歩けないほど小さくとても貧しい家庭でした。棺おけも木を赤く塗って組み合わせただけのもので、これは水上村のお寺からのものでした。私も家が教会に隣接していたのでお祈りをしに行きました。その時にご遺体を拝見させてもらったのですが、このときに自分はまだまだカンボジアの水上にしか生きられないベトナム人の苦しみがわかっていないと思いました。14歳の女の子は昨夜亡くなったばかりで、まだそのままの格好だったのです。亡くなった時に流した血のあとが口から洋服まで残っていました。その時に頭の中でこの女の子にどんな苦しい事があったのかいろいろ想像してしまいました。でもそれは日本人が考えられる想像の粋です。水上村のことを説明する時に「彼等は漁師ですが雨季の禁漁期には漁ができず、最近は魚も減ってしまい貧しい生活を強いられている人が多いのです」と言いますが、これも漁の大変さや生活の貧しさをどれだけ理解しての言葉だったかというと疑問が残る気になりました。自殺はたとえ少なくてもどこにでもあるものだと思います。でもその理由はそれぞれでしょう。この女の子が何を理由にこのようになってしまったのか聞けず終いでしたが、このような人生の最期を迎えることしか出来なかった14歳の女の子に私はただただ祈ることしかできませんでした。

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2012年4月21日 (土)

「日本26聖人殉教者 列聖150年」記念ミサのご案内

下記の通り、ご案内します。

日時:2012年6月8日(金)15:00〜
場所:カトリック河原町教会

バチカン駐日教皇大使 ジョセフ・チェノットゥ大司教がお越しになるそうです。
平日のこの時間ですので、信徒、求道者を問わず、勤労者や就学生の多くは無理ですね。

2012年4月 4日 (水)

松が峰教会と小山教会

爆弾低気圧襲来の中、栃木県に行ってきました。
暴風の吹き荒れる中、大阪を発ちましたが、新幹線も少し遅れただけで、すいすいと宇都宮に到着しました。
おまけに、会社から宿泊ホテルまで傘もささずでした。神に感謝しています。

さて次の朝、まだまだ風は強かったのですが、快晴となりました。
写真は東武宇都宮駅です。この裏手に松が峰教会があります。

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遠目にも、その双塔がよく見えます。

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1800年代後半に生まれた教会だそうで、長い歴史を誇っています。
あいにく、司祭館が改築中で、司祭も駐在されていないせいか、聖堂内には入ることができませんでした。
それでも、周囲をぐるりと見て回るだけでも価値があります。国の登録有形文化財です。
これだけのものを維持運営するのは、信徒さん達も大変なご努力をされているのだろうと思いました。

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帰りは小山駅からとなりましたが、少し時間があったので、小山(おやま)教会に立ち寄りました。
この教会は住宅地の中にあって、聖堂もコンパクトで、唐崎教会と似ています。

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小山駅では、ホームに止まっていた新幹線に飛び乗りました。
乗ったら直ぐに発車。
聞いたら、架線にビニールが引っかかって、2時間50分も立ち往生していたそうです。
ぐったりした他の乗客には申し訳ありませんでしたが、また神に感謝しました。

2012年3月29日 (木)

2012年4月の典礼歴と行事予定

4月のカレンダーです。
予定が変更になる場合がありますので、事前に当教会にご確認されることをお勧めします。

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2012年3月23日 (金)

サクラ・ファミリア聖書勉強会のご案内

今日で12回に及ぶ信仰講座が終わりましたが、神父さまには休む間もなく聖書勉強会を開催していただけることになりましたのでご案内します。金曜日の夜に大阪界隈におられる方にはよい機会だと思います。直近の主日の予習ができます。

*****(以下、案内チラシより)

「み言葉に生かされる」

神の言葉には力があります。しかし、その力をはたらかせるためには、み言葉を心の奥深くに根づかせ、素直に受け入れる必要があります。この勉強会では、以下のことを目指して、次の主日の福音を学びましょう。

・聖書の言葉に親しむこと
・聖書の言葉を理解し、味わうこと
・聖書の言葉の力を生活の中で解放すること

担当:澤田 豊成 神父
Sawada(サンパウロHPから)

場所:サクラ・ファミリア(大阪梅田教会)4階

日時:以下の金曜日の 19:45〜21:00(19:00からのミサに続いて)

4月13日 ヨハネ福音書 20章 19〜31節
4月27日 ヨハネ福音書 10章 11〜18節
5月11日 ヨハネ福音書 15章 9〜17節 
5月25日 ヨハネ福音書 15章 26〜27節、16章 12〜15節
6月15日 マルコ福音書 4章 26〜34節
6月29日 マルコ福音書 5章 21〜43節
7月6日  マルコ福音書 6章 1〜6節
7月20日 マルコ福音書 6章 30〜34節

2012年3月17日 (土)

正司のカンボジア便りⅡ・Ⅲ

カンボジアの篠田正司さんから新しい記事が届きましたので、お知らせします(原文のまま)。

カンボジアでの1年目
1月5日にカンボジアに来て1年が過ぎました。1年前プノンペン空港に降り立ち、オフィスに向かう車の中からカンボジアの風景を見て、「本当にここで生きていけるのだろうか」と不安に思ったのは遠い過去のように思えます。
それぐらいいろんなことを体験した1年でした。雨季と乾季も一通り体験し、水上村の雨季と乾季での水質の変化を見ると水の大切さがわかりました。食べ物もいろんなものを食べましたが、マンゴーには飽きてきました。ハンモックに揺られながら音楽を聴いたり本を読むのも板についてきました。砂埃避けのマスクをして牛の群れを避けながらバイクに乗るのも日常です。プノンペンまで行くバスの中も退屈になってきました。買い物も何がどこに売っているかもだいたいわかるようになりました。蚊帳で寝るのも珍しくなくなりましたが、案外圧迫感があり蚊帳なしで寝たいと思うようになりました。1年前は「暑い暑い」と言っていましたが現在はそこまで暑いとは感じず、身も心もカンボジアに慣れてきたことを実感しています。
昔、アメリカに長い間いた弟に「どれくらいでアメリカに住んでいると思った?」と聞いたら「1年くらいかな。半年ぐらいまでは長い旅行やな」と言われ笑ったのを覚えていますが、今はその気持ちがわるような気がします。カンボジアで生活が出来てもまだまだカンボジアの事やカンボジア人が今のカンボジアをどう思っているのかなど、自分がどう感じるかではなく、カンボジア人がどう思っているのか考えられるようになったのは最近だと思います。それまでは自分のことで精一杯でした。
言葉もまだまだです。何とか生活は出来ても世間話はまだまだです。早くくだらない世間話ができるようになりたいです。そうしたらもう少しカンボジアについてわかってくると思うようになりました。
一時帰国は11月になりそうです。その時までお風呂やごはんや蕎麦やカレーやラーメンやすき焼きやタラコやくるくる寿司や愛する甥っ子姪っ子はおあずけですが、それまではカンボジアで頑張っていこうと思います。

ベトナム正月
カンボジアに住んでいると1年に3回も正月があります。それは1月1日と旧正月(ベトナム・中国正月)と4月にあるクメール正月です。水上村はほとんどの人がベトナム人なのでベトナム正月が一番盛り上がります。
水上村では爆竹がいたるところでなったり、各家には神棚がきれいに飾りつけられたり、陸地の船乗り場近くには移動遊園地がやってきました。小さいですが高速で回る観覧車やくるくる回るブランコもあります。ダーツを投げて風船が割れると景品がもらえる的屋には子ども達が集まり、大人達は昼間からお酒を楽しんでいます。景品でもらえる魚の形の風船が、普段は湖の中にいる魚が空に飛び出して正月を楽しんでいるかのように見えます。そして、いつもは赤土と草だけの無機質な道なだけに人でにぎわうと余計にお祭りの楽しさが倍増しているように思えました。
ここでは珍しいものが見られました。それはサンダルを履いて陸地を歩いている水上村の人達です。水上村では常に家か船の移動なのでサンダルを履く必要がないのですが、みんなサンダルを持っているのだと感心してしまいました。見慣れた顔も見慣れない所で見慣れない格好で見るとおかしな感じがするものです。
そしてコンポンルアン教会では正月のミサがありました。普段はカンボジア語でのミサなのですが今回はベトナム語でのミサでした。これも行き慣れた教会に聞きなれない言葉だと新鮮に感じました。そして何よりもミサに授かっている水上村の人達の祈りがいつも以上に強いように感じました。大勢の人が集まり、いつもは暇そうにしている子ども達までも声を出して祈っています。カンボジア語がわからない人や、わかっても文字が読めない人にとっては何よりの正月のお祝いになったのではないでしょうか。そして、「母国語」はとても大切なのだと再確認しました。私もカンボジアに来て数回ですが日本語のミサに授かりました。カンボジア語でのミサも少しずつ、意味がわからなくても唱えられるようになりましたが、日本語のミサでは安心感があったのを覚えています。水上村に住むベトナム人も異国に住む人達だったことを思い出し、きっとその安心感は同じだろうと思いました。この日のミサは久しぶりに何を言っているのかさっぱりわからず回りのベトナム語に圧倒されましたが、みんなが大きな声で唱える祈りは聞いているだけでも嬉しくなりました。

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移動遊園地         ベトナム語でのミサ

*****

S.I.Aスタディーツアー同行
水上村で様々な活動を行っていますが、大切な活動の一つに「伝える」ことがあります。主には日頃のレポートですが、言葉や写真では伝えきれていないな、実際に来て見て感じてもらうことが一番だなと思うことがあります。
里親の方や友人などが訪ねてきてくれた時もそう思いましたが、今回S.I.A(専修大学 国際交流サークル)のスタディーツアーに同行さしてもらい、その気持ちはより強くなりました。
今回のツアーは13日間あり、プノンペンでは活動地を見学し、エイズ患者の子どもと交流し、ポルポトについて学び、海に行ってはカンボジアの学生と交流し、水上村で一泊し、バッタンバンではホームステイをし、シェムリアップでも活動地であるタオムで一泊し、アンコール遺跡を見学し、地雷についての話を聞くといった内容盛り沢山のツアーでした。そして内容と比例して学生さんが感じてくれたことも盛り沢山だったと思います。それは各地でメモを取りながら真剣に説明を聞いたり写真を撮ったりする姿もそうですが、それよりも彼らの笑顔や涙を見てそのように感じました。
学生交流は言葉の事などで不安を感じていたようですが、海で遊んでゲームをしたりごはんを食べたりするうちに仲良くなり、最後は分かれ難く抱き合ったり写真を撮ったりしている姿を見ていると国境を越えて人と交わる事の素晴らしさを感じてくれたと思います。
トゥールスレイン収容所ではポロポト時代の事を学んだと共に、生存者の一人であるチュンメイさんに会い当時を生き抜き今も生きている姿を見せてもらったことでポルポト時代は外国の過去の出来事ではないことを見るよりも実感してもらえました。
いろんなとこで子どもと交流し、言葉が通じなくてもくたくたになるまで楽しく遊んでいるときの満面の笑みが印象的でした。
水上村に行ったりホームステイをしたり市場に行ったり移動中の風景を見ることでこんな環境でも人は生きていけるのだと衝撃を受けていました。
このように一つひとつのプログラムで彼等は沢山のカンボジアを知り刺激を受けていました。それは口や写真では言い表せないカンボジアを自ら体験したからだこそだと思います。そして、その後の移動の車内などでは撮った写真を見ながら話しながら自分が体験した事をみんなと分かち合っていました。私はこの分かち合いこそが素晴らしいと思いました。「カンボジアで普段見ることの出来ないみんなの笑顔が見られた」「いつもなら話さないような事をカンボジアでは話す事ができた」という感想も聞きました。それはカンボジアという環境に心を開き、自分を表現できたからではないでしょうか。
最後の振り返りの時間にもいろんな感想を聞くことができました。まだまだ整理しきれないと言いつつも、どれも多くの体験を通じカンボジアとしっかり向き合ったことがよくわかるものでした。そしてカンボジアを通じてツアーに参加したみんなと自分自身と向き合えた感想が多かったのはとても嬉しく思いました。一年前に同じSIAのツアーがあったときに「日本よりカンボジアの方がいいかもしれない」と言っていた学生さんに「そしたら、カンボジアの何を持って帰ったら日本でも同じように出来ると思う?」と質問した事を覚えています。当時は私自身もその答えがわかりませんでしたが、今回一緒にカンボジアを回り「心が動くような刺激を受けること」そして「それを周りの人達と分かち合うこと」ではないかと思いました。
私自身もこの13日間はとても楽しい時間でした。最初に空港で出会った時は現地の人だと思われたことから始まり、いろんな話をするうちにみんなと仲良くなり、最後には寄せ書きのTシャツまでプレゼントしてもらいました。初めてのツアー同行ということもありますが忘れられない13日間になりました。学生さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも多くの人を受け入れ行くと思いますが、いろんなカンボジアを伝え、いろんなことを感じてもらいたいと思います。

少しだけですが…

  • 義
    唐崎教会はこんなところです。

福音のヒント

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